大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

徳島地方裁判所 昭和59年(タ)19号のロ 判決

原告

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

田中達也

喜田芳文

被告

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

竹内勤

主文

一  被告は原告に対し別紙物件目録記載の建物を明渡せ。

二  被告は原告に対し、金五五〇万円及びこれに対する昭和五九年一〇月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを四分し、その三を被告の、その余を原告の、各負担とする。

五  この判決の第一項は、原告が金五〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

六  この判決の第二項は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の申立及び主張

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、別紙物件目録記載の建物を明渡せ。

2  被告は原告に対し、金一六一七万円及びこれに対する訴状送達の翌日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

第一、第二項につき仮執行の宣言

二 請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

三 請求の原因

1  原被告の関係

原告と被告は昭和五七年初めころ男女関係が生じ、同年二月ごろから同棲し、同年六月一四日婚姻届をした。しかしその経緯は次に述べるように特異なものであつた。

イ  原告は京都市立美術学校、田中千代服装学院等に学び、昭和二六年父の援助を受けて別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という)を所有し、同所で婦人服専門の○○洋装店(有限会社組織)を開業し、以来独力でこれを経営し、後記被告と接触をはじめるころまでは物心両面において平穏な独身生活を送つてきた。

ロ  被告は中卒後男子服仕立の技術を学び、数年前からは不動産の仲介業の手伝いをするかたわら副業として男子服仕立(専らズボン)をしていたが、多数のサラ金業者から借金を重ねて遊興に耽り、このため原告と接触するころには、物心両面で完全に破綻した生活を送つていた。

ハ  原告は昭和五六年一一月徳島市内の飲食店で被告と初めて知り合い、翌五七年二月被告から強いて肉体関係を結ばれ、これによる心理的動揺に付け込まれて、本件建物で被告と同棲することになつた。

ニ  被告は、当初は同棲の事実を世間には秘密にすると約束していたのに、間もなく、婚姻届を出した方が○○洋装店の脱税問題を有利に導けるなどの甘言を弄し、婚姻届をしないなら同棲の事実を世間に公表する、とか、婚姻届ができれば以後真面目に仕事に励む、などと脅しや哀願で原告に婚姻届を迫り、このため原告は進退窮まつた状態で同年六月一四日婚姻届をした。

ホ  さらに被告は、婚姻届だけでなく、婚姻の事実を世間に公表する結婚披露宴の開催を強要し、これを渋る原告に、顔面を殴つたり、髪を引つぱつたり、太ももに板を挾んで座らせ夜明けまで寝かさないといつた暴行をくり返し、異常なセックスを強要し、男子禁制の店としてのイメージを築いてきた○○洋装店の応接間を不動産仲介の脅迫まがいの交渉に使つてイメージダウンさせるなどしたため、原告は巳むなく昭和五八年二月二六日披露宴まで催した。

2  建物明渡請求について

イ  本件建物は原告の所有である。

ロ  被告は右1に記載のとおり、現に本件建物に居住してこれを占有している。

ハ  よつて、原告は被告に対し本件建物の明渡を求める。

3  金員請求について

イ  詐欺による損害賠償請求

原被告とは前記1のような関係にあつたが、この間被告は原告に対し、真実は自分がサラ金業者からの多額の借金の返済や自己の遊興費にあてるためであり、かつ、その費消金を原告に返済する意思がないのに、このことを秘して

(1) 昭和五七年二月二五日、被告の知合の警察官訴外大貝美治(当時佐野美治)が金に困つているので二五〇万円を貸してやつて欲しいと執拗に迫り、大貝を主債務者、被告を連帯保証人、支払期限を昭和六一年二月二五日等とする公正証書を作り、これと引換えに二五〇万円の交付を原告に強く求めたため、被告の述べることが真実であり、融通した金員は、右大貝から直接または被告を通じて必ず返済して貰えるものと信じた原告から大貝美治の借用(被告連帯保証)名下に、同額金を詐取した。

(2) 同年三月一一日、被告の知り合いの○△歯科に三〇〇万円を貸してやつてくれ、自分が責任をもつて必ず返済してもらうからと執拗に原告に迫り、三〇〇万円を昭和六〇年三月一日限り支払う旨を記載した、被告を債務者とする借用証を作り、これと引換えに三〇〇万円の交付を原告に強く求めたため、被告の述べることが真実であり、被告から○△歯科に融通した金は必ず被告が取り立てて返済してくれるものと信じた原告から被告借用(○△歯科へ融通)名下に同額金を詐取した。

(3) 同年五月二八日、真実は、友人もなく、勿論、山林の所有、宅地造成の計画等架空であるのに、被告の友人が徳島市丈六団地に続いている山林を所有していてこれを宅地に造成する計画があるが、その友人が資金に不足している。良い投資になるので五〇〇万円出してやつて欲しいと執拗に迫り、被告の述べることは真実であり、融通した金は確実に返済してくれるものと信じた原告から被告の借用(友人への融通)名下に同額金を詐取した。

(4) 昭和五七年八月一四日ごろ、その事実がないのに、被告は、友人の建築家が徳島相互銀行から借入金をするのに保証をしてやつていたが、その友人が倒産したので同銀行へ支払をしなければならない、六〇〇万円を融通して欲しいと執拗に要求し、被告の述べることが真実であり、融通した金員は必ず返済してくれるものと信じた原告から、同年九月八日金一六七万円、同一〇月一五日金四〇〇万円の計五六七万円を詐取した。

ロ  貸金返還請求―予備的主張

仮に前項金員が詐取金でないとすれば、原告は、前項(1)は、被告を連帯保証人とし、その余は、債務者として、前記各日時に、前記各金員を被告に貸与したものである。

ハ  よつて、原告は被告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求権または貸金返還請求権に基づく債務の履行として請求趣旨のとおりの金員支払を求める。

四 請求原因に対する答弁

1  請求原因1の事実中イは認める。ハのうち強いて肉体関係を結んだとの点は否認する。

2  同2のイ及びロの事実は認める。

3  同3のイの(1)ないし(4)の事実はすべて否認する。

4  同3のロの事実はすべて否認する。

五 抗弁(建物明渡請求について)

原被告は夫婦であり、被告は原告所有の本件建物に同居して同所で紳士服仕立て業を営んでいる。これは原告の夫として当然のことである。

また、仮に原被告の夫婦関係が破綻しているとしても、これは原告の実兄が指図して原被告の夫婦関係を破綻に追い込んだもので被告に責任はない。

よつて、原告の建物明渡の請求は理由がない。

六 抗弁に対する答弁

原被告が夫婦であること、被告が本件建物で紳士服仕立て業を営んでいることは認める。その余の事実は否認する。

七 再抗弁

原被告間の夫婦関係は完全に破綻している。すなわち、被告は原告と知合つて後、同棲、婚姻と進んだ全期間を通じて、次下述べるように、度重なる詐欺行為により原告に多大な経済的打撃を与えたほか、原告に対し執拗に強度の暴行行為と原告の営む洋装店の営業妨害を繰り返し、原告に対し物心両面での苦痛を与え続けて今日に至つており、原被告間の婚姻は、これを継続しがたい重大な事由がある。よつて、原告は被告に対し、別訴で離婚を請求している。

1  被告の原告に対する度重なる詐欺行為については、請求原因3のイの(1)ないし(4)に記載のとおりである。

2  暴行

前述のとおり被告から強要された婚姻ではあつたが、原告はこれを運命と考えて、婚姻の公表後は、原告は被告の紳士服仕立てのための器材を買い与えたり、不動産仲介業の顧客を紹介するなど、被告の立ち直りを期待して妻としての誠意を尽くしたが、被告は相変らず無為徒食の生活を送り、原告から遊興費や小遣い銭をせびり取ろうとし、被告のための度重なる出金のため貯えがなくなつた原告に対し、次のように激しい暴行を加えるに至つた。

イ  昭和五九年一月原告を二階の一室に監禁して暴行を加え、全財産を被告にやる旨の遺書を書かせ、○○洋装店の敷地に被告のための借地権の設定を要求した。

ロ  同年二月原告の首をしめて○○洋装店の経営権を被告に譲渡する旨の遺書を書くように迫つた。

ハ  同年五月原告を三階から二階に引きずり降ろし、原告の顔、胸等を殴打して全治一か月の傷害を負わせた。

ニ  同年六月原告の前腕等を殴打して全治二週間の傷害を負わせた。

ホ  同年七月原告の顔面を殴打して全治一週間を要する舌唇部挫傷を負わせた。

ヘ  同年八月原告を建物の壁に突き当てて全治五日間を要する右肘関節部擦過傷を負わせた。

ト  右のような暴行のため、原告は生命の危険を感じて同年六月一〇日から○○洋装店を出て実兄宅に身を寄せ、通勤で○○洋装店を経営するの巳むなきに至つた。

3  ○○洋装店の営業妨害

被告は、原告が長年にわたつて女手一つで三三年間営々として築きあげてきた○○洋装店の営業を妨害し、これを崩壊させる行為を繰り返した。

イ  ○○洋装店は男子禁制の店としてのイメージが重要であつたため、被告が本件建物で同棲を始めるにあたつて、原告は被告に、被告は本件建物三階で紳士服仕立てをし、出入りは人目につかないように裏口からすること、人に知れた場合も住込従業員のように装うことを誓約させた。しかし被告は右誓約に反して、○○洋装店の応接室を不動産仲介の交渉の場に使用した。

ロ  昭和五九年になつてからは妨害行為が激しくなり、従業員の作業場に裸体で入り込んで暴言を吐き、昭和五九年一月から一一月までの間、これに堪えかねた従業員七名を退職させた。

ハ  顧客のいる店舗、仮縫室、応接間等に裸体で入り込むなどして、同年七月から一〇月にかけて、顧客多数を店外に追い出した。

ニ  被告の暴行から原告を守つてくれていた唯一の住込女子従業員を、昭和五九年六月九日夜暴言を吐いて追い出した。

ホ  同年一一月には、本件建物の鍵をつけ替えて、原告の出入りを阻み、原告の通勤営業まで妨害した。

ヘ  昭和六〇年一月には、原告の電話機を取りはずし、被告専用の電話機をつけて経営者がかわつたように装つた。

ト  原告の営業は右のような状況下で崩壊の危機にさらされたため、原告は昭和六〇年二月徳島地方裁判所から被告の業務妨害排除等の仮処分を得たが、その後も被告は右仮処分を無視して、原告の従業員に暴行を加えたり、雇い入れの都度次々と追い出したり、顧客にいやがらせを続けたり、○○洋装店の備品を破壊するなどし、このため原告の営業は崩壊寸前にある。

八 再抗弁に対する答弁及び被告の主張

1  再抗弁1の暴行の各事実、同2の営業妨害の各事実はいずれも否認する。

2  原告が離婚の訴を提起していることは認めるが、原被告間の婚姻が破綻しているとの点は争う。すなわち、

イ  原告と被告は昭和五六年一一月中旬ころ市内の飲食店「いろは食堂」で知り合い、その後原告に誘われて○○洋装店に寄るようになり、昭和五七年一月下旬ころ、右洋装店で原告との間で男女関係が生じた。その後被告は原告の松山方面での交通事故の示談交渉に協力したり、東京での絵の売買交渉に同行したりして親密に交際した後、同棲生活に入つたものであり、男女関係の成立も同棲の開始もいずれも双方が合意のうえのものである。

ロ  婚姻については、原告が被告に迫つたものである。むしろ被告は、自らが重度の身体障害者であり、結婚しても原告の足手まといになることや、年齢差を考えて躊躇したが、原告の意思が強固であることが確認できたので、婚姻に踏み切つたのである。

ハ  被告が原告に対し金員をせびつたり暴力を振るつたとする点については、一部事実を捏造し、一部は事実を殊更に誇張していていちいち反駁に値いしない。

原告が婚姻を継続し難い重大な事由として挙げる右事実は、いずれも夫婦生活をしていくうえで日常起こりうる事を殊更に誇張、捏造して主張しているにすぎず、離婚原因にあたらない。

また原被告は本件建物に同居し、同所で被告は紳士服の仕立て業をしてきた。これは原告の夫として当然のことである。ところが、原告は実兄の指示に従つて本件建物を出たもので、原被告の夫婦生活を破綻に追い込んだのは原告の実兄であり、被告には責任はない。

よつて、原告の離婚請求は失当であり、したがつて原告の本件建物明渡の請求は理由がない。

第二  証拠関係〈省略〉

理由

一本件建物明渡し請求について

1  原告が明渡しを求める本件建物が原告の所有であること、被告が本件建物に居住してこれを占有していることは当事者間に争いがない。

被告は右占有を正当づける根拠として、原被告が夫婦であり、本件建物を生活の本拠としていることを挙げている。

原被告が現に婚姻関係にあることは当事者間に争いがない。

すなわち、本請求は、妻(原告)から夫(被告)に対する妻所有の建物の明渡し請求であり、夫が夫婦の同居義務を根拠に右明渡し請求を拒むのに対し、妻が婚姻関係の破綻等の事由を主張して対抗するものである。

2 民法七五二条は夫婦の同居義務を定めているが、右は多分に倫理的、道徳的な側面を有するとともに、夫婦として居住の場を同じくし、協力、扶助の夫婦共同生活の実をあげることにその趣旨があり、特定の場所についての占有権限を直接に根拠づけるものではない。

しかし、夫婦の一方が所有権に基づいて所有権のない他の一方に対して明渡しを求める場合、右明渡しを求める住居がそれまでの夫婦共同生活の本拠であつたときは、法律上の婚姻関係が存続している以上、明渡し請求を正当とすべき特段の事情がない限り、他の一方は右民法の定める夫婦の同居義務を根拠に明渡しを拒むことができると解すべきであり、右婚姻が実質的に破綻しているというだけでは直ちに明渡しを求める理由となし得ないというべきである。

3  原告は被告に対し当庁昭和五九年(タ)第一九号のイ離婚等請求事件を提起して離婚を訴求しているが法律上は婚姻関係が存続していることは当事者間に争いがなく、原被告各本人尋問の結果によると、原被告は昭和五七年二月の同棲の開始から同年六月一四日の婚姻を経て、昭和五八年六月ころ後記のような紛争から原告が一時的に本件建物を出て実兄宅に寝泊まり(ただし昼間は本件建物で○○洋装店を営業)するようになるまでずつと本件建物に同居してきたもので、本件建物は夫婦共同生活の本拠であつたと認められる。

したがつて、原告の本件明渡し請求の当否を決するには、単に婚姻関係の破綻の有無のみでなく、原告において明渡しを請求し得る特段の事情があるかどうかを検討しなければならない。

4  婚姻の経緯と婚姻生活の実情

イ  〈証拠〉に弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

(1) 原告と被告は昭和五七年六月一四日婚姻届をした夫婦である。原被告が婚姻した経緯及び婚姻生活の実情は以下のとおりである。

(2) 原告は、昭和五年生まれで、美術学校を出て会社経営者の亡父の援助で有限会社○○洋装店を設立し、今日まで三〇余年間女手一つでこれを経営し、この間昭和四四年には肩書住所地に三階建の店舗兼居宅(本件建物)を取得し、仕立て婦人服の専門店として営業は順調であつた。本件建物を住居とし、結婚の経験は無かつた。

被告は、昭和二二年生まれで、左足が不自由な身体障害者であるが、洋裁の技術を身につけ、不動産業の手伝いや紳士服の仕立てを業とし、独身であつた。

(3) 原被告は昭和五六年一一月ころ徳島市内の飲食店で言葉を交わしたことがきつかけで知り合い、原告の交通事故の示談に被告が協力したり、原告が被告の持ち込んだ古美術品の売込み先を紹介したりするなどの交際が重なるうちに昭和五七年二月ころまでには肉体関係が出来、原告が一人で住んでいた本件建物に被告が入つてそのころから同棲生活が始まり、同年六月一四日には正式に婚姻届をした。しかし、前記のような双方の経歴や年齢差、原告の年齢などから、原告は同棲や婚姻の事実を兄妹など親族に隠しており、また、原告の経営する○○洋装店が女性だけの店というイメージを持つていたことなどから、同棲や婚姻の事実を極力外部には伏せていた。

(4) 一方経済的に余裕のあつた原告は、被告の求めるままに被告の知人大貝美治が金に困つていると言われて同年二月二五日に被告の連帯保証のもとに二五〇万円(利息年一割五分)を用立てたり、同じく被告の知人の歯科医に用立てるためと言われて同年三月一一日ころに被告に三〇〇万円(利息月二分)を貸し付けた。(もつとも後に判明したところでは、これらの金員は実際にはおおむね被告がこれを費消したものであつた。)さらに、被告が手伝いをしていた不動産業者を通じて利殖目的で同年四月二〇日約一二〇〇万円の土地を購入し、五月にも数百万円で抵当権を買い取るなどした。

右のような関係は婚姻後も続き、被告は原告に対して何かと理由をつけて金を出すように仕向け、同年九月、一〇月ころにも原告は株券など百数十万円分を換金したり金融機関から数百万円を借り入れたりしている。これらの金員の使途は必ずしも分明でないけれども、このころ被告が抱えていたサラ金等からの多額の借金が返済されていることから、原告の用立てた金員のかなりの部分がこれにあてられたと認められる。

(5) ところが、被告は婚姻後自らはあまり仕事をせず原告の収入をあてにして小遣い銭をせびり、嫉妬から原告の営業関係で出入りする男性に不快な態度を示すなどし、他方不動産等にまとまつた金を出す要求に原告が今までのようにたやすく応じないようになつたことから、被告は原告に暴力を振るつたり、婚姻していることを世間に広く知らせると言つて原告を脅したり、また、婚姻を隠しているためいつまでも日陰者だ、このままでは原告が死んでも遺産がもらえない、と言つて公表を迫るようになつた。

(6) 思いあまつた原告は実兄の佐渡真一に事情をうちあけて相談し、曲折の末、夫婦であることを公にすることで被告の生活を立て直そうということで、昭和五八年二月原告の親族のごく一部と被告の親族や関係者とで結婚披露宴を催して婚姻を公にした。

(7) 結婚披露宴の後しばらくは被告は本件建物で洋服の仕立てをしたり、不動産業手伝いに精を出したりして落ち着いていたものの、間もなく再び仕事もせず小遣い銭をせびるような毎日に戻り、些細なことで腹をたてて原告に折檻するなどしたため、原告は次第に被告に愛想をつかし被告との関係を清算することを考えるようになり、原告の親族の中では原被告の結婚に理解を示していた実兄真一も離婚を勧めるようになつた。

(8) これを察知した被告は、昭和五九年初めころから、原告が実兄らに相談に行つたことを怒つて原告に暴力を加えて怪我をさせたり、夜長時間にわたつて原告を折檻して原告の死後は全財産を被告に譲る旨の遺言状を書かせたりするなどし、これに対して原告はますます離婚の決意を固めることになつた。

以後、被告は原告の離婚の決意が固いのに対し、同店の顧客に嫌がらせをしたり原告の従業員に暴言を吐いたりするなど○○洋装店の営業を妨害し、これに抵抗する原告に暴力を加えるなどの行為を拡大し、このため原告は、昭和五九年六月ころには自ら本件建物を出て実兄宅に身を寄せて通勤で○○洋装店の営業を続けるとともに、被告によつて乱された○○洋装店の営業を守るべく被告を相手方として家庭裁判所に本件建物明渡しの調停を申し立てるにいたり、両者の婚姻の破綻は決定的となつた。

(9) この間、被告の暴力によつて、原告は少なくとも次のような傷害を負つた。

昭和五九年一月三〇日ころ 臀部打撲 全治約一か月半

同年五月二一日ころ 足指挫傷、前胸部擦過傷 全治約一か月

同年六月二五日ころ 腰部打撲、手関節擦過傷等 全治二週間

同年七月二六日ころ 下唇部打撲挫傷 全治一週間

同年八月二三日ころ 右肘関節部擦過傷 全治五日

(10) 原告の申立てた前記調停は同年九月不調に終り、原告は同年一〇月二日当庁に本件離婚等請求の訴えを提起(ただし離婚請求部分は分離)するとともに、同年一二月末に○○洋装店の営業妨害の禁止、原告の本件建物管理行為の妨害の禁止等を求める仮処分を申請し、昭和六〇年二月一二日一部認容の仮処分決定を得た。

(11) 右仮処分決定は本件建物の一階の○○洋装店店舗、応接間等への立ち入りと○○洋装店の営業行為の妨害の禁止を命じたものであつたが、原被告間では特に本件建物の使用をめぐつて紛争が絶えず、原告が右仮処分決定による使用区分を徹底するために設けた仕切り壁を被告が壊したり、被告が○○洋装店を訪れた顧客に仕切り壁越しに暴言を吐いたり、○○洋装店の従業員に脅迫的言辞を弄するなどし、これに対して原告が警察官の助けを求めたり、男性従業員を雇つてこれに対抗するなど、両者の間の紛争は険悪の度を加えている。

この様な状況下で、原被告間にはすでに昭和五九年末ころ以来、夫婦としての情愛や協力の関係は全くなく、もはや婚姻関係は完全に破綻している。

ロ  原告本人尋問の結果ならびに被告本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らしたやすく措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

2 婚姻関係破綻の原因

イ  原告は、本件婚姻の経緯自体について、原告は被告に暴力で肉体関係を強いられ、これを公表すると脅迫されて、意に反して同棲、婚姻を強制されたものであること、被告は当時サラ金等に多額の借金を抱えており、当初から原告の経済力に目をつけ、原告を金づるとする目的で婚姻関係を結んだものであるから、婚姻の実質そのものが当初から存在しなかつた、旨主張する。

しかし、前掲各証拠によると、なるほど被告は多額の負債を原告に隠しており、原告との婚姻でこれを打開する意図が無かつたとも言いきれないが、右主張のような専ら脅迫と強制による婚姻ではなく、むしろ、原被告が同棲に入り婚姻に踏み切つた当時は、両者の間には男女間の情愛もあり、原告なりの打算と期待もあつて、婚姻に至つたものと認められる。現に、原被告はこの間一時的にせよ二人で海外旅行をしたり、双方の洋服仕立ての顧客を紹介し合うなどしている。

ロ  ところで、前記のとおり、両者の婚姻は、原告はずつと独身を通してきた五五歳の女性で、被告と一七歳の年齢差があつたこと、経歴や社会的境遇に極端な違いがあつたこと、経済力にも大きな差があつたこと、主として原告が世間体から婚姻を内密にしようとしたこと等、もともといくつかの困難な要因を持つていた。

したがつて、これを克服して通常の婚姻関係を醸成して行くには双方の格段の努力が不可欠であつた。

ハ  ところが、被告は、原告に経済力があるのをよいことにおおむね無為徒食の生活に堕したばかりでなく、あれこれ理由をつけては原告に金を出させて、少なからぬ金員を当時あちこちのサラ金等から借りていた借金の返済にあてた。この間原告が被告のために拠出させられた金額は前記4のイの(4)の貸金計五五〇万円をはじめ極めて多額にのぼる。

さらに、被告の金員の要求は際限がなく、ついには原告の遺産の全部を被告に譲る旨の遺書を書かせるなど、原告からみると原告を金づるとしてしかみていないような行動を重ねた。

また、原告が意のままにならないと暴力に訴え、その態様も強度で執拗であり、しばしば傷を負わせた。

ニ  このような状況のもとで、原告が被告との関係を清算しようと考えるようになつたことは無理からぬところである。ところが被告は、原告の気持の変化を察知すると、自らの行動を改めるどころか、逆に、原告が長年にわたつて築き上げてきた○○洋装店の営業を妨害する手段に出、長期間にわたつてこれを執拗に反復継続した。

ホ  以上検討したところによると、原被告間の婚姻の破綻の責任は主として被告にあることが明らかである。

なお、原告は、同棲、婚姻と進みながら世間体を考えてこれを隠そうとするなど、婚姻に関し及び腰の姿勢があつたことは否めないところであるが、この点を十分考慮に入れても、本件婚姻の破綻の責任の多くを原告に求めることは到底できない。

5  本件明渡し請求の当否

イ  婚姻関係の破綻

右4で検討したとおり、原被告間の婚姻はすでに決定的に破綻しており、かつ、その責任は主として被告にあるというべきであり、民法第七七〇条一項五号の婚姻を継続しがたい重大な事由がある場合に該当する。

ロ  明渡しを求め得る特段の事情

(1) 前掲各証拠に弁論の全趣旨を総合すると次の事実が認められる。

(イ) 被告は原告の離婚の意思を察知して以来、自らの生活態度を改めるどころか、逆に、原告が離婚の意思を固めるのを妨げようとして原告が実兄に相談するのを禁じたり、手を尽くして原告を困らせる手段に出て、執拗にこれを継続している。すなわち、多数回にわたり原告に暴力を加えて何度かかなりの怪我をさせた。また、原告が三〇余年にわたつて築いてきた○○洋装店の営業につき、顧客に嫌がらせをし、あるいは、従業員に脅迫や嫌がらせをして退職させるなどして、その経営を危殆に瀕せしめている。右のような被告の行動は、被告が本件建物に居住を続けていることに直結しており、原告が離婚の意思を翻さない限り、また、原告が本件建物での○○洋装店の営業を続けようとする限り、今後も、反復継続される蓋然性がすこぶる高い。

(ロ) 一方、本件建物は、原告が昭和二六年ころから女手一つで○○洋装店を経営してきた過程で築き上げてきた営業の拠点であるとともにその住居としてきたもので、本件建物は原告の右営業と生活に欠くことのできないものである。これに対し、本件建物と被告との関わりは被告が昭和五七年二月の同棲開始とともに本件建物に入つたというに過ぎない。また、被告は同棲後本件建物で紳士服仕立ての仕事もしてきているが、もともと同棲前にも他所で紳士服仕立てと不動産業手伝いをしてきたもので、本件建物を離れても自らの生活を支えて行くことは一応可能である。

(2)  右事実によると、原被告間の婚姻関係はなお存続しているけれども、原告は被告に対し直ちに本件建物からの退去明渡しを求め得る特段の事情があるというべきであり、原被告間の婚姻関係がなお存続しているからといつて、右退去明渡し請求を拒むことはできない。

ハ  以上検討したところによると、原告の被告に対する本件建物明渡しの請求は理由がある。

二金員請求について

1  昭和五七年二月二五日の二五〇万円の貸付けについて

イ  〈証拠〉によると、昭和五七年二月二五日原告は被告に頼まれて、被告の知合いの警察官大貝美治(当時佐野姓)に、二五〇万円を弁済期昭和六一年二月二五日として貸付け、これにつき被告が連帯保証したことが認められる。

ロ  この点につき原告は、主位的に、右大貝への貸金というのは虚偽であり、かつ、被告が当初から右大貝や被告から返済の意思もないのに原告を騙して金を出させたものであるとして詐欺による不法行為による損害賠償責任を主張する。なるほど、後日判明したところでは被告は当時あちこちのサラ金等にかなりの借財があつたこと、右大貝は名前を貸したもので、実際には被告がその多くを費消したことが認められるが、当時は原被告が同棲を開始した直後ころで原被告の関係はごく親密であり、また、原告の交通事故の示談や被告の持ち込んだ古美術品の売り込みなどを通じて金銭的にも相互に利用し合う関係にあつたこと、貸付けにあたつては年一割五分の利息を付し公正証書も作成していること、等を考慮すると、右貸付けには原告自身の打算の側面も否定できず、単に被告の欺罔によるものとは言いきれない。したがつて、主位的請求たる詐欺の不法行為による損害賠償請求は理由がない。

ハ  以上によると、被告は原告に対し、右イの事実にもとづき、予備的主張である貸金返還請求(連帯保証責任)として、右二五〇万円の支払義務がある。

2  同年三月一一日ころの三〇〇万円の貸付けについて

イ  〈証拠〉によると、同年三月一一日ころ原告は被告に頼まれて、被告の知合いの○△歯科に貸すための金ということで、被告に三〇〇万円を弁済期昭和六〇年三月一日として貸付けたことが認められる。被告本人尋問の結果中右認定に反する部分はたやすく採用できない。

ロ  この点につき原告は、主位的に、右○△歯科へ貸付けるためというのは全くの虚偽であり、かつ、被告は当初から返済の意思もないのに原告を騙して金を出させたものであるとして詐欺による不法行為による損害賠償責任を主張する。しかし、借用証上の借主はあくまで被告であること、○△歯科への貸金というのが原告の貸付けの直接の理由であつたと認めるに足りる十分な証拠はないこと、等を考慮すると、右1のロと同様の理由により、右貸付けが専ら被告の欺罔の結果であつたとは言いきれない。したがつて、主位的請求たる詐欺の不法行為による損害賠償請求は理由がない。

ハ  以上によると、被告は原告に対し、右イの事実にもとづき、予備的主張である貸金返還請求として、右三〇〇万円の支払義務がある。

3  その余の金員請求について

イ  原告は右以外に、同年五月二八日ころの五〇〇万円、さらに、同年九月八日ころの一六七万円と一〇月一五日ころの四〇〇万円の計五六七万円の各詐欺による損害賠償を、また予備的に同額の貸金返還を請求している。

ロ  〈証拠〉によると、原告は右主張のころ右主張に添うような金額の有価証券を処分したり、金融機関から新たな借入れをしたりしていることが認められる。そして、右当時被告にはまとまつた収入はなく主として原告の収入に依存していたこと、被告がかねて抱えていたサラ金等の借財のかなりの額がそのころ返済されていることからすると、これらの金員の相当部分を被告が費消したことが窺われる。しかし他方、その前後に原告は被告の勧めで不動産に手を出したり、原被告二人で海外旅行をして高額の買物をしたりしたこともあり、また、右1や2の場合のように公正証書や借用証もしくはこれに類する金員授受の直接の証拠になるようなものは存在しないことを考慮すると、結局原告主張のような原被告間の金員の授受の事実自体を認めるに足りる証拠がないことに帰する。原告本人尋問の結果中右認定に反する部分はたやすく採用できず、他にこれを認めるに足る証拠はない。

ハ  よつて、その余の金員請求については、主位的請求たる詐欺の不法行為による損害賠償請求としても、予備的請求たる貸金請求としても、いずれも理由がない。

4  以上検討したところによると、原告の金員請求は、うち右1と2の計五五〇万円とこれに対する本訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和五九年一〇月一七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がないことに帰する。

三結論

1  以上の次第であるから、原告の本訴請求中

イ  本件建物の明渡し請求を正当として認容し、

ロ  金員請求は金五五〇万円(ならびに前記遅延損害金)の限度で正当として認容し、その余は失当として棄却する。

2  主文第一項についての仮執行の宣言について

主文第一項は本件建物の明渡し請求を認容したものであるが、本件にあらわれた諸般の事情、とりわけ前記一の5のロ(明渡しを求め得る特段の事情)に記載の事情、ならびに、仮執行の宣言を付することが原被告双方に及ぼす影響等を総合考慮し、仮執行の宣言を付するのを相当と認める。

3  よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言(ただし主文第一項については担保を条件とする)につき同法一九六条を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官二宮征治)

別紙物件目録〈省略〉

《参考・徳島地判62.6.23昭五九年(タ)第一九号のイ》

原告

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

田中達也

喜田芳文

被告

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

竹内勤

原告側訴訟代理人

田中達也

喜田芳文

被告側訴訟代理人

竹内勤

[主   文]

原告と被告とを離婚する。

訴訟費用は被告の負担とする。

[事   実]

第一 当事者の申立及び主張

一 請求の趣旨

主文同旨

二 請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

三 請求の原因

1 婚姻に至る経緯

イ 原告は京都市立美術学校、田中千代服装学院等に学び、昭和二六年父の援助を受けて別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という)を所有し、同所で婦人服専門の○○洋装店(有限会社組織)を開業し、以来独力でこれを経営し、後記被告と接触をはじめるころまでは物心両面において平穏な独身生活を送つてきた。

ロ 被告は中卒後男子服仕立の技術を学び、数年前からは不動産の仲介業の手伝をするかたわら副業として男子服仕立(専らズボン)をしていたが、多数のサラ金業者から借金を重ねて遊興に耽り、このため原告と接触するころには、物心両面で完全に破綻した生活を送つていた。

ハ 原告は昭和五六年一一月徳島市内の飲食店で被告と初めて知り合い、翌五七年二月被告から強いて肉体関係を結ばれ、これによる心理的動揺に付け込まれて、本件建物で被告と同棲することになつた。

ニ 被告は、当初は同棲の事実を世間には秘密にすると約束していたのに、間もなく、婚姻届を出した方が○○洋装店の脱税問題を有利に導けるなどの甘言を弄し、婚姻届をしないなら同棲の事実を世間に公表する、とか、婚姻届ができれば以後真面目に仕事に励む、などと脅しや哀願で原告に婚姻届を迫り、このため原告は進退窮まつた状態で同年六月一四日婚姻届をした。

ホ さらに被告は、婚姻届だけでなく、婚姻の事実を世間に公表する結婚披露宴の開催を強要し、これを渋る原告に、顔面を殴つたり、髪を引つぱつたり、太ももに板を挟んで座らせ夜明けまで寝かさないといつた暴行をくり返し、異常なセックスを強要し、男子禁制の店としてのイメージを築いてきた○○洋装店の応接間を不動産仲介の脅迫まがいの交渉に使つてイメージダウンさせるなどしたため、原告は巳むなく昭和五八年二月二六日披露宴まで催した。

2 同棲及び婚姻生活の実態―離婚原因

イ 同棲、婚姻に至る経緯は右のとおりであるが、被告は同棲及び婚姻生活を通じ、原告を物欲と性欲の手段としてのみ扱い、そのためには、詐欺、暴行、傷害さらには原告の営業妨害行為をほしいままにし、原告の人格を踏みにじり、原被告の夫婦関係はすでに完全に破綻している。

(1) 金員の詐取

(イ) 婚姻前の昭和五七年二月二五日被告の知合いの警察官Aが金に困つているので二五〇万円を貸してやつて欲しいと執拗に迫り、Aを主債務者、被告を連帯保証人、弁済期を昭和六一年二月二五日とする公正証書と引換えに二五〇万円の交付を強く求め、これを信じた原告からAへの貸付名下に二五〇万円を詐取した。

(ロ) 同じく同年三月一一日被告の知合いの○△歯科に融通するとの名目で、被告を債務者、弁済期を昭和六〇年三月一日とする借用証と引換えに三〇〇万円の交付を強く求め、これを信じた原告から三〇〇万円を詐取した。

(ハ) 同じく同年五月二八日そのような事実は一切ないのに、友人の宅地造成事業への融資の名目で五〇〇万円の拠出を執拗に迫り、被告の借用の形で原告から五〇〇万円を詐取した。

(ニ) 婚姻後の昭和五七年八月一四日被告が友人のためにした銀行への保証の保証債務の履行を迫られていると虚偽の事実を述べて原告を騙し、これを信じた原告から同年九月八日一六七万円、一〇月一五日四〇〇万円の計五六七万円を詐取した。

(ホ) 右以外にも被告は遊興のための小遣銭を毎日のように原告からせびり取り、意のままにならないと暴行、脅迫を重ねた。

(2) 暴行

前述のとおり被告から強要された婚姻ではあつたが、原告はこれを運命と考えて、婚姻の公表後は、原告は被告の紳士服仕立のための器材を買い与えたり、不動産仲介業の顧客を紹介するなど、被告の立直りを期待して妻としての誠意を尽くしたが、被告は相変らず無為徒食の生活を送り、原告から遊興費や小遣銭をせびり取ろうとし、被告のための度重なる出金のため貯えがなくなつた原告に対し、次のように激しい暴行を加えるに至つた。

(イ) 昭和五九年一月原告を二階の一室に監禁して暴行を加え、全財産を被告にやる旨の遺書を書かせ、○○洋装店の敷地に被告のための借地権の設定を要求した。

(ロ) 同年二月原告の首をしめて○○洋装店の経営権を被告に譲渡する旨の遺書を書くように迫つた。

(ハ) 同年五月原告を三階から二階に引きずり降ろし、原告の顔、胸等を殴打して全治一か月の傷害を負わせた。

(ニ) 同年六月原告の前腕等を殴打して全治二週間の傷害を負わせた。

(ホ) 同年七月原告の顔面を殴打して全治一週間を要する舌唇部挫傷を負わせた。

(ヘ) 同年八月原告を建物の壁に突き当てて全治五日間を要する右肘関節部擦過傷を負わせた。

(ト) 右のような暴行のため、原告は生命の危険を感じて同年六月一〇日から○○洋装店を出て実兄宅に身を寄せ、通勤で○○洋装店を経営するの已むなきに至つた。

(3) ○○洋装店の営業妨害

被告は、原告が長年にわたつて女手一つで三三年間営々として築きあげてきた○○洋装店の営業を妨害し、これを崩壊させる行為を繰り返した。

(イ) ○○洋装店は男子禁制の店としてのイメージが重要であつたため、被告が本件建物で同棲を始めるにあたつて、原告は被告に、被告は本件建物三階で紳士服仕立をし、出入りは人目につかないように裏口からすること、人に知れた場合も住込従業員のように装うことを誓約させた。しかし、被告は右誓約に反して○○洋装店の応接室を不動産仲介の交渉の場に使用した。

(ロ) 昭和五九年になつてからは妨害行為が激しくなり、従業員の作業場に裸体で入り込んで暴言を吐き、昭和五九年一月から一一月までの間、これに堪えかねた従業員七名を退職させた。

(ハ) 顧客のいる店舗、仮縫室、応接間等に裸体で入り込むなどして、同年七月から一〇月にかけて、顧客多数を店外に追い出した。

(ニ) 被告の暴行から原告を守つてくれていた唯一の住込女子従業員を、昭和五九年六月九日夜暴言を吐いて追い出した。

(ホ) 同年一一月には本件建物の鍵をつけ替えて、原告の出入りを阻み、原告の通勤営業まで妨害した。

(ヘ) 昭和六〇年一月には原告の電話機を取りはずし、被告専用の電話機をつけて経営者がかわつたように装つた。

(ト) 原告の営業は右のような状況下で崩壊の危機にさらされたため、原告は昭和六〇年二月徳島地方裁判所から被告の業務妨害排除等の仮処分を得たが、その後も被告は右仮処分を無視して、原告の従業員に暴行を加えたり、雇い入れの都度次々と追い出したり、顧客にいやがらせを続けたり、○○洋装店の備品を破壊するなどし、このため原告の営業は崩壊寸前にある。

3 結論

以上のとおり、被告は同棲生活、婚姻生活を通じて、原告に対し全く愛情をもたず、単に物欲と性欲を充たすための相手とし、金員を詐取、喝取し、暴行傷害を加え、原告の生命ともいうべき○○洋装店の営業を危くさせ、原告に物心両面での苦痛を与え続けて今日に至つている。よつて、原被告間の婚姻生活は、民法七七〇条一項五号の婚姻を継続し難い重大な事由があることが明らかであり、原被告間の離婚を求める。

四 請求原因に対する答弁

1 請求原因1の事実中イは認める。ハのうち強いて肉体関係を結んだとの点は否認する。

2 同2の事実中(1)の金員の詐取の各事実はいずれも否認する。原告が実兄方に居住していることは認めるが、同(2)の暴行の各事実、同(3)の営業妨害の各事実はすべて否認する。

五 被告の主張

1 原告と被告は昭和五六年一一月中旬ころ市内の飲食店「いろは食堂」で知り合い、その後原告に誘われて○○洋装店に寄るようになり、昭和五七年一月下旬ころ、右洋装店で原告との間で男女関係が生じた。その後被告は原告の松山方面での交通事故の示談交渉に協力したり、東京での絵の売買交渉に同行したりして親密に交際した後、同棲生活に入つたものであり、男女関係の成立も同棲の開始もいずれも双方が合意のうえのものである。

2 婚姻については、原告が被告に迫つたものである。むしろ被告は、自らが重度の身体障害者であり、結婚しても原告の足手まといになることや、年齢差を考えて躊躇したが、原告の意思が強固であることが確認できたので、婚姻に踏み切つたのである。

3 被告が原告に対し金員をせびつたり暴力を振るつたとする点については、一部事実を捏造し、一部は事実を殊更に誇張していていちいち反駁に値いしない。

原告が婚姻を継続し難い重大な事由として挙げる右事実は、いずれも夫婦生活をしていくうえで日常起こりうる事を殊更に誇張、捏造して主張しているにすぎず離婚原因にあたらない。

また原被告は本件建物に同居し、同所で被告は紳士服の仕立て業をしてきた。これは原告の夫として当然のことである。ところが、原告は実兄の指示に従つて本件建物を出たもので、原被告の夫婦生活を破綻に追い込んだのは原告の実兄であり、被告には責任はない。

よつて、原告の離婚請求は理由がない。

第二 証拠関係〈省略〉

[理   由]

一 婚姻の経緯と婚姻生活の実情

1 〈証拠〉に弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

イ 原告と被告は昭和五七年六月一四日婚姻届をした夫婦である。原被告が婚姻した経緯及び婚姻生活の実情は以下のとおりである。

ロ 原告は、昭和五年生まれで、美術学校を出て会社経営者の亡父の援助で有限会社○○洋装店を設立し、今日まで三〇余年間女手一つでこれを経営し、この間昭和四四年には肩書住所地に三階建の店舗兼居宅(本件建物)を取得し、仕立て婦人服の専門店として営業は順調であつた。本件建物を住居とし、結婚の経験は無かつた。

被告は、昭和二二年生まれで、左足が不自由な身体障害者であるが、洋裁の技術を身につけ、不動産業の手伝いや紳士服の仕立てを業とし、独身であつた。

ハ 原被告は昭和五六年一一月ころ徳島市内の飲食店で言葉を交わしたことがきつかけで知り合い、原告の交通事故の示談に被告が協力したり、原告が被告の持ち込んだ古美術品の売込み先を紹介したりするなどの交際が重なるうちに昭和五七年二月ころまでには肉体関係が出来、原告が一人で住んでいた本件建物に被告が入つてそのころから同棲生活が始まり、同年六月一四日には正式に婚姻届をした。しかし、前記のような双方の経歴や年齢差、原告の年齢などから、原告は同棲や婚姻の事実を兄妹など親族に隠しており、また、原告の経営する○○洋装店が女性だけの店というイメージを持つていたことなどから、同棲や婚姻の事実を極力外部には伏せていた。

ニ 一方経済的に余裕のあつた原告は、被告の求めるままに被告の知人Aが金に困つていると言われて同年二月二五日に被告の連帯保証のもとに二五〇万円(利息年一割五分)を用立てたり、同じく被告の知人の歯科医に用立てるためと言われて同年三月一一日ころに被告に三〇〇万円(利息月二分)を貸し付けた。(もつとも後に判明したところでは、これらの金員は実際にはおおむね被告がこれを費消したものであつた。)さらに、被告が手伝いをしていた不動産業者を通じて利殖目的で同年四月二〇日約一二〇〇万円の土地を購入し、五月にも数百万円で抵当権を買い取るなどした。

右のような関係は婚姻後も続き、被告は原告に対して何かと理由をつけて金を出すように仕向け、同年九月、一〇月ころにも原告は株券など百数十万円分を換金したり金融機関から数百万円を借り入れたりしている。これらの金員の使途は必ずしも分明でないけれども、このころ被告が抱えていたサラ金等からの多額の借金が返済されていることから、原告の用立てた金員のかなりの部分がこれにあてられたと認められる。

ホ ところが、被告は婚姻後自らはあまり仕事をせず原告の収入をあてにして小遣い銭をせびり、嫉妬から原告の営業関係で出入りする男性に不快な態度を示すなどし、他方不動産等にまとまつた金を出す要求に原告が今までのようにたやすく応じないようになつたことから、被告は原告に暴力を振るつたり、婚姻していることを世間に広く知らせると言つて原告を脅したり、また、婚姻を隠しているためいつまでも日陰者だ、このままでは原告が死んでも遺産がもらえない、と言つて公表を迫るようになつた。

ヘ 思いあまつた原告は実兄のBに事情をうちあけて相談し、曲折の末、夫婦であることを公にすることで被告の生活を立て直そうということで、昭和五八年二月原告の親族のごく一部と被告の親族や関係者とで結婚披露宴を催して婚姻を公にした。

ト 結婚披露宴の後しばらくは被告は本件建物で洋服の仕立てをしたり、不動産業手伝いに精を出したりして落ち着いていたものの、間もなく再び仕事もせず小遣い銭をせびるような毎日に戻り、些細なことで腹をたてて原告に折檻するなどしたため、原告は次第に被告に愛想をつかし被告との関係を清算することを考えるようになり、原告の親族の中では原被告の結婚に理解を示していた実兄真一も離婚を勧めるようになつた。

チ これを察知した被告は、昭和五九年初めころから、原告が実兄らに相談に行つたことを怒つて原告に暴力を加えて怪我をさせたり、夜長時間にわたつて原告を折檻して原告の死後は全財産を被告に譲る旨の遺言状を書かせたりするなどし、これに対して原告はますます離婚の決意を固めることになつた。

以後、被告は原告の離婚の決意が固いのに対し、同店の顧客に嫌がらせをしたり原告の従業員に暴言を吐いたりするなど○○洋装店の営業を妨害し、これに抵抗する原告に暴力を加えるなどの行為を拡大し、このため原告は、昭和五九年六月ころには自ら本件建物を出て実兄宅に身を寄せて通勤で○○洋装店の営業を続けるとともに、被告によつて乱された○○洋装店の営業を守るべく被告を相手方として家庭裁判所に本件建物明渡しの調停を申し立てるにいたり、両者の婚姻の破綻は決定的となつた。

リ この間、被告の暴力によつて、原告は少なくとも次のような傷害を負つた。

(1) 昭和五九年一月三〇日ころ 臀部打撲 全治約一か月半

(2) 同年五月二一日ころ 足指挫傷、前胸部擦過傷 全治約一か月

(3) 同年六月二五日ころ 腰部打撲、手関節擦過傷等 全治二週間

(4) 同年七月二六日ころ 下唇部打撲挫傷 全治一週間

(5) 同年八月二三日ころ 右肘関節部擦過傷 全治五日

ヌ 原告の申立てた前記調停は同年九月不調に終り、原告は同年一〇月二日当庁に本件離婚等請求の訴えを提起するとともに、同年一二月末に○○洋装店の営業妨害の禁止、原告の本件建物管理行為の妨害の禁止等を求める仮処分を申請し、昭和六〇年二月一二日一部認容の仮処分決定を得た。

ル 右仮処分決定は本件建物の一階の○○洋装店店舗、応接間等への立ち入りと○○洋装店の営業行為の妨害の禁止を命じたものであつたが、原被告間では特に本件建物の使用をめぐつて紛争が絶えず、原告が右仮処分決定による使用区分を徹底するために設けた仕切り壁を被告が壊したり、被告が○○洋装店を訪れた顧客に仕切り壁越しに暴言を吐いたり、○○洋装店の従業員に脅迫的言辞を弄するなどし、これに対して原告が警察官の助けを求めたり、男性従業員を雇つてこれに対抗するなど、両者の間の紛争は険悪の度を加えている。

この様な状況下で、原被告間にはすでに昭和五九年末ころ以来、夫婦としての情愛や協力の関係は全くなく、もはや婚姻関係は完全に破綻している。

2 原告本人尋問の結果ならびに被告本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らしたやすく措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

二 婚姻関係破綻の原因

1 原告は、本件婚姻の経緯自体について、原告は被告に暴力で肉体関係を強いられ、これを公表すると脅迫されて、意に反して同棲、婚姻を強制されたものであること、被告は当時サラ金等に多額の借金を抱えており、当初から原告の経済力に目をつけ、原告を金づるとする目的で婚姻関係を結んだものであるから、婚姻の実質そのものが当初から存在しなかつた、旨主張する。

しかし、前掲各証拠によると、なるほど被告は多額の負債を原告に隠しており、原告との婚姻でこれを打開する意図が無かつたとも言いきれないが、右主張のような専ら脅迫と強制による婚姻ではなく、むしろ、原被告が同棲に入り婚姻に踏み切つた当時は、両者の間には男女間の情愛もあり、原告なりの打算と期待もあつて、婚姻に至つたものと認められる。現に、原被告はこの間一時的にせよ二人で海外旅行をしたり、双方の洋服仕立ての顧客を紹介し合うなどしている。

2 ところで、前記のとおり、両者の婚姻は、原告はずつと独身を通してきた五五歳の女性で、被告と一七歳の年齢差があつたこと、経歴や社会的境遇に極端な違いがあつたこと、経済力にも大きな差があつたこと、主として原告が世間体から婚姻を内密にしようとしたこと等、もともといくつかの困難な要因を持つていた。

したがつて、これを克服して通常の婚姻関係を醸成して行くには双方の格段の努力が不可欠であつた。

3 ところが、被告は、原告に経済力があるのをよいことにおおむね無為徒食の生活に堕したばかりでなく、あれこれ理由をつけては原告に金を出させて、少なからぬ金員を当時あちこちのサラ金等から借りていた借金の返済にあてた。この間原告が被告のために拠出させられた金額は前記一の1のニの貸金計五五〇万円をはじめ多額にのぼる。

さらに、被告の金員の要求は際限がなく、ついには原告の遺産の全部を被告に譲る旨の遺書を書かせるなど、原告からみると原告を金づるとしてしかみていないような行動を重ねた。

また、原告が意のままにならないと暴力に訴え、その態様も強度で執拗であり、しばしば傷を負わせた。

4 このような状況のもとで、原告が被告との関係を清算しようと考えるようになつたことは無理からぬところである。ところが、被告は、原告の気持の変化を察知すると、自らの行動を改めるどころか、逆に、原告が長年にわたつて築き上げてきた○○洋装店の営業を妨害する手段に出、長期間にわたつてこれを執拗に反復継続した。

5 以上検討したところによると、原被告間の婚姻の破綻の責任は主として被告にあることが明らかである。

なお、原告は、同棲、婚姻と進みながら世間体を考えてこれを隠そうとするなど、婚姻に関し及び腰の姿勢があつたことは否めないところであるが、この点を十分考慮に入れても、本件婚姻の破綻の責任の多くを原告に求めることは到底できない。

三 結論

1 以上の次第で、原被告間の婚姻はすでに決定的に破綻しており、かつ、その責任は主として被告にあるというべきであり、民法七七〇条一項五号の婚姻を継続し難い重大な事由がある場合に該当するから、離婚を求める原告の請求は理由がある。

2 よつて、原告の本訴請求を正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官二宮征治)

別紙物件目録〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例